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2016年1月 6日 (水)

海のない街~第八話~

それは僕がいない時だったという。

ちょうど「あおい」には左右口さん、愛宕さん、山田さんの
3人が話しこんでいたそうだ。

猫達はちょうどエアコンの風が当たる場所にそれぞれ陣取ってい、
すやすやと眠っていた。
料理もひと段落し、ほっとした雰囲気があふれていたのだろう。

「こんにちは」

扉が開いた。
モエちゃんは「いらっしゃい!お一人ですか?」と声をかけた。
「あ、いや客じゃないんです。こちらに鬼弦海さんはいらっしゃいますか?」

その男性は長身でスマート、絵に書いたようなさわやかな男性だった。
「き、きげん?海さんならいるっちゃいますけど・・・海さんお客さんだよ・・・あれ?海さん?」
モエちゃんはその男性から目線を逸らしてじっとしている海さんを見た。
いつもと違う。

「久しぶり、海」

男性は自分からカウンターの真ん中へ腰掛けた。
海さんはまだ目をあわさない。

「あのー何かお飲み物は・・・・?」
モエちゃんがおそるおそる聞いてみる。
「せっかくだから日本酒をロックで」

まだ海さんはうつむいている。何も話さない。
常連3人もさすがにこの空気を感じ取ったらしく
話し声が消えた。

「なぜ?ここに・・・・右近くん・・・・」
海さんはやっと口を開いた。しかし目はあわせていない。
「急に仕事を辞めて行方不明になった恋人を探してやっと会えたんだ。
なぜってこともないだろう」
「あなたにはもう関係がないことですから。
不義理をしたのは申し訳なかったです。でも帰ってください」
海さんは震えていたという。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「どうして急にいなくなった。1年前だ。仕事も順調だった。
俺達もうまくいってた、それなのにどうして?」

「私はもう教育の場にいる事に疲れたんです。祖父母もも亡くなったし、
ちょうど良いタイミングでした。」
「僕に一言も言わなかったのは?」
「愛していたから。別れ方がわからなかったの。私はそういうのまったく苦手だし」
「そして今はこのお店を切り盛りしてるわけだ。ふうん」
右近はタバコに火をつけた。

いつのまにか猫はみないなくなった。休憩室に消えたのだろう。
モエちゃんが灰皿をさっと出して距離をとる。

「なぁ、海。怒ってるわけじゃない。僕は君と結婚するつもりだった。
素晴らしい教育者になる素質があった。そのまま君は輝くべきだったよ」
「・・・・私は錯覚していたんです。教育者になる資格なんかなかった」
「特別支援学級の担任としてがんばっていたじゃないか?」
「とにかく私は間違っていたんです」
「・・・・わかった。その件は終わりにしよう。
僕とは?このまま帰れってのも酷い話だ」

海さんは包丁を取り出しカウンターへ置いた。

「気に食わないのならば刺し殺してもらってもかまいません。
私はここにいる。私があなたにしたことは本当に最低で最悪。
何か注文をつけられてもプライドが許しません。
だから刺して下さい。」

右近はタバコをもみ消しやれやれといった顔で立ち上がった。

「また来るよ」
「もう来ないで」
「それじゃ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

僕は帰り道を急いでいた。
すっかり商店街の町おこしプロジェクトで遅くなってしまった。
もう日付が変わってしまう。
あおいに今日は寄れないな・・・・

と前を通りかかろうとしたら店内から明かりが漏れている。
最初は消し忘れだろうと思ったが気になって扉を開けてみる。
鍵がかかっている前提で力をこめたから拍子抜けするほど
あっさりと扉が開いたときに「あっ」と声を出してしまった。

カウンターに突っ伏している海さんがいた。

「どうしたの?海さん?」
「あ、対馬さん、ずいぶん遅いですね」

かなり酔っているようだった。
日本酒を冷でがぶ飲みしていたらしい。一升瓶がもう半分空いている。

「こんな飲み方してたら二日酔いになっちゃいますよ、どうしたんですか?」
体がふらふらとしている。
頬は赤く目はぼんやりとしていつもの涼やかな海さんはどこにもなかった。

「いーんです。ひっく。ほら、対馬さんも飲みましょう、はい、ほら」
無理やりグラスに注いでいる。こぼしそうだ。

「いったい何があったんですか?」
「ちょっとね。元カレが来たんです。うふふ。」
「元カレ?」
「私は元カレから黙って去ったものですから探して歩いていたようですね。
見つかっちゃいました。」
「海さん、もういけない。もう帰って寝ましょう。自宅まで送りますから。ね?」
しかし海さんはがしっと僕の腕を掴んで離さない。

「私は東京で産まれました。母が教師になってやはり教師だった父と出会い私が産まれました。」
「昔話はまた聞きますから、ほら」
「いーんです!ほら座って!飲んでください」
「いやね・・・体に悪いから・・・・」
「父は立派な教師でしたが人間としては最悪でした。暴力、浮気、金銭トラブル・・・・
母は離婚し、教師を辞めてここに戻りました。しかし心労で私が3歳の時に亡くなりました。
私は強引に父に引き取られ、お金には不自由ありませんでしたが愛情もなく、
ただ暗闇を無灯火で走る車のような気持ちで生きていました。」

ろれつが危なっかしいしゃべりで過去を打ち明ける海さん。
グラスを一気に空けた。

「私の逃げ道は勉強と料理でした。上手に料理をすれば、褒めることはなくても父の暴力がないから
自立するために必死で勉強し、料理をしました。
そして私は教師になり、障害者の特別支援学級の担任になりました。そのときです、元カレと知り合ったのは。
カレも教師でした。」

おかわりを要求する海さん。
もう限界は超しているだろうが注がないわけにはいかないようだ。

「しかし、私は父と母が歩んだ道をトレースしていることをずっと気にしていました。
カレは優しい人でしたが。私に穢れた血が流れていると思うと吐き気がしました。
そんな時、祖父母が交通事故で同時になくなり、このお店が閉店せざるを得なくなりました。
私は全ての違和感から逃げました。そしてこのお店を継いだのですよ」

そうだ。
たしかにそうだ。
この街で育ったのならば僕も同じ町内、知らないはずが無い。
しかし、僕はこのお店に通うようになってから海さんを知った。

「私は鬼弦(きげん)から母方の姓、蒼井になり、ひっそりと生きていくつもりでした。」
またぐいっと酒を煽り、お世辞にも上品とは言えない息を吐きながら
「しかし父の呪縛からは逃れられないようです。自分のせいでもありますが」

僕の顔を見つめる。
近い。
ドキドキする。
今すごい大切な話をしているのに何の理由で鼓動が激しいのかわからなくなる。
「鬼弦結城。TVで子育て論を語り、本で綺麗事を書いている有能な悪党、それが私の父。
母を殺して平気な顔をしているあの男の血が流れていると思うと・・・私は!・・・・」

抱きしめた。
壊れそうだ。もうやめてくれ。
「元カレからも逃げました。私は何もなくただ生きると思っていました・・・・
でも・・・・この街はあまりに私に優しすぎる・・・・」

僕の腕の中で泣きじゃくる海さん。
こんな時に気を使って出てこない猫。
照れくさい。
しかし、今この人は壊れる寸前だ。

わからない。わからないけれど今はこうしているしかない

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