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2015年8月13日 (木)

海のない街~第五話~

すっかり暑い。
30度を超える日が連日続くようになった。
もうすぐ夏休みになる。

「こんにちわ」
僕はドアを開けて少し明るめに挨拶をした。
居酒屋「あおい」の開店時間は4時だ。
まだ早いのはわかっているのだがどうしても喉が渇いてしまって
我慢ができなかった。

「対馬さん、まだ早いよー」
テーブルを拭きながらモエちゃんがぶーぶー言う。
平蔵と久栄と辰蔵はどたばた追いかけっこをしていた。

「早いのはわかってるんだけど、ちょっと飲ませてよ。お願い!」
拝み手をして強引に中に入る。

「対馬さん、おかまいはできませんけどどうぞ」
海さんはビールを素早く出してくれた。

さすがに仕込みは忙しそうだ。
てきぱきと動く海さんはいつも違う。
それでも流れるような動作だ。
ぴんと張り詰めた空気が漂う。

ビールをグラスに注ぎながら平蔵と久栄と辰蔵をねこじゃらしでかまう。
平蔵は実戦的な動かし方をしないと反応しない。
物陰から動かしたり人間も頭を使う。
久栄はあまり遊ばないのだがじゃれている他の2匹を追い掛け回すのが
好きなのだ。
辰蔵はもう振ったら振った方向へ走りまわりわかりやすい。

「遊んでもらってるのでこれどうぞ」
海さんは明太子を出してくれた。
「仕込み中なので焼いただけですけどね」

一口食べてみる。
外はカリカリで中はしっとりとレア。絶妙な火の通し方である。
いい塩加減でビールが進む。

また夏が来たのだなぁ。
人生死ぬ時期は人それぞれであるが、平均的な寿命でも
70回くらいしかこない。
しかもひとつとして同じ夏はないのだ。

子供の頃のプール帰りにアイスを食べたあの夏も、
好きな女の子と初めて手をつないだあの夏も、
まだふらふらとしているこの夏も
二度とはこない。

後悔しないように遊ぶのもいいのだろうが、どうしてもそんなに真っ直ぐになれない。
自分の無気力さは正しいのだろうか?
ちょっと調子に乗った人間が川の中州でBBQをやって流されたり、
海で溺れたり。
そんなんで終わる自業自得な人生と何もしないで寝転がっている人生とどちらが得か。

ビールの気泡が立ち上り消えてゆく。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「モエちゃん看板出してきてください」
「はいな」

いよいよ開店である。
やっと正式な客として飲める。
ビールをおかわりしてお通しを口にする。
今日はシンプルないぶりがっこだ。
秋田の名物料理だが燻製のいい香りでぱりぱりとした食感がたまらない。

「これは知人に送ってもらったんです。せっかくなのでお通しにしました。
私が作っていないので今日はサービスです」
焼き鳥への串打ちが終わってほっと一息ついた海さんが説明をしてくれる。

しかし・・・・

今日はみんなの出足が悪い。
いつもなら常連がぞろぞろとやってくるのに今日は誰もこない。
仕込みを見ているだけに気まずい。

「今日はみんな遅いなあ」
「客商売ですからね。こんな日もあります」

そんな時だった。
平蔵が遊ぶのをやめてぱっと奥に引っ込んでしまった。
久栄ものそのそと棚の上に登る。
辰蔵だけが扉の周りをうろうろしている。

「あのーすいません」

扉を開けたのは常連でも一見さんでもない。
女の子の子供だった。
近所の中学校のジャージを着ている。

「はい、いらっしゃいませ。どうしたのかな?」
海さんは優しく答える。

女の子はもじもじしながら
「あの、ここご飯食べられますか?」
「今できるものでよければ作れますよ。さあ座って」

「何かジュース飲む?名前なんていうの?」
モエちゃんは明るくニコニコしている。子供が好きなようだ。
しかしモエちゃんは結婚したらどうするんだ?
そういえば昔、夫婦の性が逆転している家庭が
子供を作ってなんて漫画があったなと思い出した。

「ウーロン茶ください。名前はみのりです」
ジャージのゼッケンに『野牛島』と書いてある。
これは「やごしま」と読むのだがY県以外の人だとわかるまい。

「近所なの?あまり見たことがないよね?」
モエちゃんがウーロン茶を出しながら聞いた。

「私、ずっと東京にいたから。ここに来たの最近で」
「なんでなんで?」
とずばずば質問攻めにするモエちゃんを
「はいはい、そこまで。みのりちゃんは嫌いなものある?」
と海さんは制止した。

「うんと・・・チャーハン苦手」
「どうして?」
「だってお母さんの作るチャーハンはべたべたして美味しくないんだもん」
「なるほどね。じゃあお姉さんの作るチャーハン食べてみる?」
ウインクしながら海さんは言った。
「お母さんでも美味しく作れるように教えてあげるからね」

カウンターの中にみのりも入った。
モエちゃんのエプロンを貸してもらったが少し大きい。

「いい?みのりちゃんがしっかり覚えて美味しいチャーハンお母さんに食べさせてあげよう!」
「できるかな?」
「大丈夫!誰でも名人になれちゃう魔法だよ」

あ、海さんの声ってかわいいんだな。
いつも落ち着いたトーンしか聞いたことなかったけど、
子供相手だとこんな声なんだ。
と、思った。

まずは材料は生鮭の切り身を焼いてほぐしたモノ、
刻んだネギ、そして手でちぎったレタス。これだけらしい。

ボウルを取り出してご飯を入れる。
「ここに1人前なら卵を2つ入れます。さあざっくりかき混ぜてみて」
おそるおそるかき混ぜるみのり。
全体に卵が絡めばいい。良く混ぜる必要はないらしい。

「フライパンを熱して油をあたためます」
みのりにお玉を持たせる。
「ここからはスピード勝負だよ!まずは鮭とネギを入れます」
鮭は火が通っているしネギもあっという間に暖かくなる
「ここでご飯をどかーん!」
みのりは手早くご飯をフライパンに開ける。

「焦がさないようにね。フライ返しとかしなくていいからお玉でかき混ぜるの。
ご飯はつぶさないでね。」
みのりはさっとお玉を使いかき混ぜていく。
なかなか手先が器用なようだ。

「卵が金色にご飯を包んだらレタスを入れるよ!混ぜるだけでいいからね」
ちぎったレタスを入れてかき混ぜる。
火はほとんど通さない。

「これで鮭レタスチャーハンのできあがり!」
フライパンで調理した時間は2分もないだろう。こんなに手早くできるものなのか。

「さあ食べてごらん?美味しくなかったらお姉ちゃん謝るから」
お皿に盛り付けたチャーハンはきらきらと輝いている。
高級中華料理のチャーハンもこんな感じだったなと思う。
それを中学生が簡単にあっけなく作れる魔法はたいしたものだ。

「いただきます」
みのりはスプーンで口に運んだ。

「おーいしー!なんでベタベタしてないの?」

海さんは魔法使いのように指をくるくるさせて
「ご飯と卵を混ぜることが大切なのよ。
お母さんはいつも時間をかけてかき混ぜていなかったかな?」
「うん、べちゃべちゃしてた」
また指をくるくるさせて
「お家のガスコンロだとそうなってしまうの。だからこの魔法をお母さんにおしえてあげてね」
「うん!」

みのりは大喜びで帰っていった。

~~~~~~~~~~~~~~~
猫達が戻ってきた。
猫は子供が苦手だ。
みのりが来たことを察知していたのだろう。

「海さん、すごいね。どこで料理覚えたんですか?」
ビールを飲みながら海さんに聞いてみた
「自己流です。私、子供の頃から料理が好きで。
祖母に習いながら、見よう見まねですよ」
「和洋中なんでもできるからすごいですよ」
「このお店は祖父母が死んだときに閉めるつもりだったのですが、
なんとなく続けてしまっています」

これ以上聞いてはいけないような気がした。

「チャーハン食べますか?」
フライパンを片手に海さんはほほえんだ。

「みのりちゃんは最近、両親の離婚でこの街に来たんです。お母さんと一緒にね。
街に詳しくないのでここにご飯食べにきたのでしょう。お母さん働いてらっしゃいますから」
「あれ?海さんなんでそんな詳しいの?」
「町内会でね、会長さんに聞いたんですよ。みんなで見守ってあげようって
対馬さんが欠席した時です」

しまった!忘れていたことすら忘れていた。
明日町内会長に謝りにいかねばなるまい。

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