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2015年8月 7日 (金)

海のない街~第三話~

そろそろ夏になる。
今日は親から引き継いだアパートに新しい入居者がいたので
鍵を渡したり、ガスや水道、ゴミ捨ての説明をした。
仕事でこの街に配属になった男性であった。

今日は僕の他には二人連れがいるだけで
静かだった。
モエちゃんもあまりに暇で三匹にカリカリをあげている。
涼やかな海さんの顔。
注文もひと段落したので明日の仕込みをしている。

冷たいビールを飲み干し喉を潤しても
「気にかかる・・・・」のである。

自分のように目標もなく日々を消費している人間は
果たして『正常』なのか?と。
その疑問が心の中に生まれ、そして考え込むうちに
「正常とは何か」がわからなくなった。

金を持ち、結婚をして、老後を迎える。
これが正常なのだろうか?
必死で働きぬきその日を生き抜いてもなお這いつくばるように
生きねばならない命がこの国にある。

テレビもエアコンもこうして美味しい酒も飲める。
しかしこの国のどこかで餓死する老人がいる。
虐待を受けて何のために生をうけたのかわからないまま
殺される子供がいる。

生まれてくることそのものが何かの罰を受けているように思えてきた。
それらが頭をぐるぐると回り続け軽くめまいを覚えた。

「どうしましたか?今日は疲れていますね?」
海さんが声をかけてきた。

「いや、何だか禅問答のようなことを考えてしまいまして」
昼間から考えていることを海さんに話をした。
そういえばこうして長話をできるのは初めてだ。

「なるほど」
「どうですか?わかりますか?」
「さあ、どうでしょう、私は神でも仏でもないので。
しかし、それを知ったとしてどうしますか?対馬さんは
その答えを見つけたときに誰かに教えるのですか?
教えて何がありますか?
人の役に立ちたいから?それでは役に立ってどうなるのですか?」

僕は黙ってしまった。
海さんはふふふと笑って
「それが生きるということだと思います。答えが出るのはきっと命が消える瞬間でしょう。
でも死んだら人に教える事はできないですからね。知らなくて当たり前なのでしょう」

まるで偉いお坊さんと話をしているようだ。
そんな女性が夏が旬の鱸を捌いている。
鮮やかな手つきで包丁を操っている。

「さ、本当なら一日寝かせるのですが、少しだけどうぞ」
海さんが皿をことり、と置いた。

「これは今捌いていた鱸?」
「はい、皮目をバターでカリカリに焼きあげて、醤油とレモン汁のソースで仕上げました」

鱸はセイゴ、フッコ、スズキと名前の変わる出世魚だ。
臭さがある場合が多い魚なのだが
この料理方法ならそれも気にならない。
少し寝かせて旨みを出してから刺身にするのだが身がいかっているので
ソテーにしたのだろう。

「うん、おいしい!これに合うお酒は?」
「ありがちですが白ワインでしょうか?まるきワインさんのいろデラウエア白がちょうどあります」

甲州種100パーセントのワインは辛口ですっきりとしている。
果実のような香りで安心して飲める。

「その鱸は食べられるために生まれたわけではないでしょうね。
食物連鎖の中にいれば死は生と隣り合わせなのですよ。
命の積み重ねがまた新たな命を生むのですね」

にこっと海さんはほほえんでウインクした。
胸がどきどきする。
こんなにかわいらしい表情をする人なんだ。
思わず伝えてしまいそうになる。

「あ、あの・・・・」

「はい!いらっしゃいませー2名様ですか?」
モエちゃんがかわいい声で挨拶をする。
助かったのかもしれない。

入ってきた客は昼間の入居者だった。
「あれ?大家さん!さきほどはどうも・・・・」
「いえいえ。ここはいいお店です。ごゆっくり」

連れの女性はかなりの美人だ。

「さあ、どうぞ。ここは驕りです。やっと会えたんだから
仲良くやりましょう」
男性が明るく話しかけるも女性はどうも歯切れが悪い。
「はぁ」とか「ええ」しか答えが無い。

「今日のおススメはなんですか?あ、餃子があるじゃないですか?
これください。で、ビール、グラス2つで」
モエちゃんに素早く注文をしている
「どうしましたか?気分でも悪いんですか?」
男性が聞く。

もじもじしながら女性はうつむいている。
平蔵がにゃーと女性の足元にまとわりついている。
どうやら平蔵も気になる様子だ。

ビールが運ばれてきて乾杯も無言のまま女性は黙っている。
お通しのお新香にも手をつけない。
男性は色々と話をしているが女性はずっと聞いているだけだ。

モエちゃんがカウンターに戻ってきてひそひそと話す。

「あのお客さん、ネット恋愛してて今日始めて会ったらしいですよ」
「モエちゃん。盗み聞きはよくないわ」
「はーい」
海さんに怒られてしゅんとしている。
かわいい。
かわいいが男だ。

しかし男性があれだけ会えた喜びをあらわにしているのに、
女性はあまりによそよそしすぎる。
いくら初対面とはいえ、ネットで愛を深めたのだ。
それとも恥ずかしくて緊張しているのだろうか?

「モエちゃん、餃子上がったわよ」
海さんは熱々の餃子を皿に盛り付けた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「どうしました?餃子、好きって言ってましたよね?」
「・・・・」
「希望通りこの街に配属になってあなたに会えたんですよ。嬉しくてしょうがない」
「・・・・」
「あのー、何か俺悪いコトしましたかね?」

僕もモエちゃんも聞き耳を立てている。
僕は入居者のプライベートだから本当は聞かないのが筋だろう。
しかし、どうしても女性が気になる。
ネットで恋愛?
どうやって好きになるんだろう?
文章で?
伝わるのかな?

「どうかしましたか?何か悪いところあったら教えてください」
男性は女性に頭を上げた。

「あ、あの・・・あの、ダメなんです。私、外食が苦手で・・・」
やっと女性が口を開いた。
「え、あの、なんか恐怖症とかですか?」
「ちょっと違うんですけど、昔から人前でご飯を食べるのが苦手で・・・
学生の時もお弁当は隠れて食べていたんです・・・・」
「え?そ、そうだったんですか?それは悪いことを・・・・ここ、出ますか?」

男性が女性に聞いたそのとき、
女性の足元をぐるぐるしていた平蔵がついに膝に飛び乗った。
これでは動けない。

「お客様、グラタンはお好きですか?」
海さんがカウンターの中から声をかけた。

「え、はい・・・食べられます」
「では少々お待ちください。」

ほんのりといい香りがしてくる。
バターと玉ねぎの香り。
海さんは何かに気づいたのだ。
だからグラタンを作っている。
彼女はいつもすとんと『腑に落ちる』ことを言う。
川の流れのように実に自然にいつも微笑んでいるのである。
作った飾りの笑顔でも小難しい哲学でもない。
言っていることは深いのにとても簡単な言葉だけで彼女は表現してしまう。

「お待ちどう様でした。ホタテのコキーユになります。もしよろしければこちらの白ワインでお試しください」
「あ、このワイン・・・・」
「どうしました?」
「これ、ウチの近所のワイナリーさんなんです」

彼女はくいっとワインを流し込んだ。
さっきとは打って変わってとても自然である。
「コキーユ、美味しそう」
彼女はスプーンを手にして勢いよく食べだした。

彼女はとてもよく飲み朗らかに語り、笑った。
男性もとても幸せそうだった。

「じゃあ、そろそろ帰りますか」
「ちょっとトイレに」
「お会計済ませておきますよ」

レジの前に立ちお財布を出している男性に海さんはひそひそと何かを伝えた。
男性は大きくうなづいた。
そして海さんは食べなかった餃子を持ち帰りに包んで渡した。

辰蔵が久栄の尻尾を追いかけて遊んでいる。
平蔵は疲れたらしく椅子の上でうとうとしている。

「海さん、さっきなんて言ってたの?」
「ああ、レジでですか?」
「そう」

「彼女にお箸の持ち方を優しく教えてあげてくださいと言いました」
「お箸?」
「はい。彼女はテーブルに座って箸を嫌そうな顔で見ていました。
箸が上手に使えないのでしょう。
それがコンプレックスで人前で食べられなかったのでしょう。
たまに「親の教育がなっていないからだ!」なーんて否定する人もいますから」

よく見ているものだ。
彼女は何か超能力でも持っているのかもしれない。

「超能力持ってると思っているでしょう?対馬さん」
「えっ?いや、その・・・」
「私も箸の持ち方が下手でたくさん練習したんですよ」

同じ経験をしたからか。

「痛みをわかる人間は痛みを知っている人間だけです。
痛みを知らない人間がいくら親身に話しを聞いても何の解決にもなりません。
それを知らない人が多すぎます。」

珍しく海さんが眉をひそめた。

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