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2015年8月 5日 (水)

海のない街~第二話~

まだ梅雨の走りである。
朝晩は冷え込むのに昼間はまるで真夏のようになる。
じっとりとまとわりつく空気。
それはこの世で人間が生きるしがらみのようなものだ。

人間は山に篭り修行僧にでもならない限りは、
必ず誰かと交わる。
助け合わねば生きていけない。
親が、恋人が、親友が―――――
そして自分自身もまた誰かの助けになる。

自分が誰にも必要とされていないと感じた人間はとても寂しいものだ。
世を去るか、死人のように生きるか。
自分は何も選んではいない・・・・。

「・・・さん?対馬さん?」
モエちゃんが何度も呼んでいたらしい。
「えっ?何?ごめん、ぼーっとしてた」
「まったく、もう。瓶ビール空になってるけど、何か飲む?」
そこに平蔵が膝に乗って小さく鳴いた。
平蔵の頭を撫でながら、考える。
梅雨の時期は本当に難しい。

ビールを飲むには湿気が高い。
日本酒もいまいちな時がある。

「焼酎お湯割りでもらうよ。梅入れてね」
「はいっ、まいどー」
モエちゃんは元気がいい。

今日はカウンター、一番端っこ一席を残してみな席が埋まっている。
海さんは手際よく料理を作っていく。
慌てる様子がどこにもない。所作がなめらかで美しい。
こういう女性を「絹のような・・・・」というのだろうか?

その時扉が開いた。
猫じゃらしで遊んでもらっていた久栄と辰蔵が飛び起きた。

その男は少し肩が濡れていた。外は雨なのだろう。

「一人だけど」
「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ。」
海さんがカウンターの一番端っこへ促した。

山田さん、左右口さん、愛宕さん達が
「そ、そう!カラオケいかない?せっかくだから」
「い、いいわね」
「海ちゃんお勘定してね」
あたふたと帰り支度を始めた。
他の客も
「俺達もそろそろ・・・」とみな一斉に帰りだした。

僕は帰るタイミングを完全に逃した。
ついに客は僕とその男だけになった。

それはそうだ。みんな帰りたくなるだろう。
凄みのある顔つき、がっしりとした体、
梅雨の時期なのに長袖でである。
この風貌で勘違いするなというほうが難しい。

僕は緊張してしまった。
意識するなと考えれば考えるほどに横目で見てしまう。
鰯のから揚げも味がよくわからない。
梅雨の時期は入梅鰯などと言って、鰯に味が乗る季節である。実に悔しい。

「何にいたしましょうか?」
海さんはいつもどおり、ふんわり優しく聞いた。
男はおしぼりを受け取りながら
「生ビール。大ジョッキで。あと腹が減っているんだけど」
「今日は鰹がおすすめです。ご飯もお出しできますよ」
「じゃあ、まかせる」

モエちゃんが運んできた生ビールをガッと掴むと
一気に飲んでしまった。
「おかわりだ」

海さんは平然と料理を盛り付ける。
僕はだんだん怖さが増して完全に手が止まってしまった。
しかし今更
「帰るよ」
と言ったら最悪のタイミングだ。

「おまたせいたしました」
「ほう・・・・」

鰹の銀皮造りに出汁と醤油、柚子をかけまわし、
そこにネギをあしらった一皿。
そして中骨の辺りの肉をこそげ落とし甘辛ご飯とく炊き込んだ
鰹飯。

これはうまいに決まっている。

梅雨の時期の鰹は初鰹とはまた違った味で楽しめるのだ
「これには焼酎が合いますよ」
「このY県で焼酎?あるのか?」
「笹一酒造さんという酒蔵で木火土金水という焼酎があります。
なかなかいけますよ。鰹なら麦焼酎ロックでどうでしょう?」

海さんはふんわりと言った。

「姉さん・・・すまねぇ。俺のせいでみんな帰っちまった」
男は生ビールとは違いちびりちびりと焼酎を飲みながらぽつりと言った。

「お気になさらずに。」
「いやあ、世間ってのは見た目で判断するんだな。
俺はいつもいつも避けられるんだ」

くすっと海さんは笑った。
「人間は見た目の印象だけで強いとか弱いとか決め付けるものですよね。でも・・・」
海さんは指をさして
「猫達はちゃんと見抜いているようですよ?」
男の足元には久栄と辰蔵がいつのまにか座っていた。
辰蔵はおもちゃをくわえて遊んでほしいとせがんでいる。

「そうかぁ。お前らは嫌がらないのか、よしよし」
猫じゃらしを手にして男は二匹をじゃらし始めた。

「猫は人間が思っているよりも人間を観察しています。
近いような離れているようなあの距離感でじっと見ているのです。」
海さんは続ける。
「犬は人間に答えてくれる動物です。しかし猫は答えてくれません。
遊んで欲しいとき、寒いとき・・・なんでも自分の都合で動きます。」

「そうだな。猫はわがままだな」

「しかし猫が死んだとき・・・・犬の死はいつか乗り越えることができるのに、
猫は酷く空っぽになってしまったような感覚になります。
猫の死は新たな猫でしか癒せないのです。」

男の手が止まった。
「死んだときの話するなんて猫がかわいそうじゃないか。縁起でもない」

うふふ・・・・

「ほら。今お客様はかわいそうとおっしゃいました。それがあなたの見えない、
でも私達が見つけなければいけない、お客様の優しさなのですよ」

男は顔をしかめた
「なんだよ、不思議な姉ちゃんだ。」

海さんの顔を見て男は言った。
「しかし気に入ったぜ。料理もうまい。なんかここは落ち着く。
それに俺を見た目で判断しなかったのは姉ちゃんが始めてだ。ありがとう」

「さあ、鰹飯が冷めてしまいます。どうぞどうぞ」
海さんはまたふんわりとした笑顔を浮かべた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
男は食べ終わり
「また来るよ。今日は出張で来たんだが、こんな店に出会えるとは思ってもみなかった。
俺は発破屋でな。全国あちこち旅して歩いてる。だからいつ来れるかは約束できないんだが」

モエちゃんがお釣りを渡そうとすると
「とっときな。人は見た目じゃないってな。はあっはっは!」
と、モエちゃんのお尻をぽんと触った。
「やだ~もう」
モエちゃんは恥ずかしがってもじもじしている。

「あの、お客様!」
海さんが呼びかけた。
「ん?」
「人は見た目ではありません。そこでいい事を教えて差し上げます。
今、このお店の中には女性は私しかおりません」

僕も男も
「は?」

「だってモエちゃんは男の娘ですもの」

僕は盛大に焼酎を噴出してしまった。


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