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2015年8月24日 (月)

海のない街~第七話~

強い雨が屋根を叩く。

夕立だった。
ちょうど出かけた帰り道だった僕は「あおい」に飛び込んで難を逃れた。

「モエちゃん、タオルをお出ししてあげてください」
「はいな」

すっかり濡れてしまった頭とTシャツの肩が冷たい。
モエちゃんの渡してくれたタオルでわしゃわしゃと頭を拭く。
僕は昔からこういう日常の動作ががさつだ。
ちゃんと教えられたのだろうがどうも上品ではない。

「ビールとお通しです」
海さんは素早く揃えてくれていた。

今日のお通しはシンプルにきゅうりのお新香だ。
パリパリとしながらも柔らかみもあるちょうどよい漬かり具合で
日本酒が飲みたくなる味だったがさすがに
連日の猛暑で体がバテてきている。
最初だけはビールでのどを潤すしかない。

「あおい」の猫3匹は雨の湿気なのか
ぐでっと横になっている。
遊び好きな辰蔵も軽く腹を上下させて寝息を立てている。
その上下こそが生きている証とはなんとも頼りが無い。

人間朝目覚めないままそのまま死ねたらどれだけ安らかなのだろうか。
朝カーテンを開けておひさまを拝むということは
それだけ今日も生きねばならないということだ。
産まれることですらどういう意味なのかわからないのに、
苦痛を感じる毎日を送っている人間には
喜ばしく清々しいはずの朝日ですら地獄の始まりの合図だ。

「このきゅうり、池田さんが届けてくれたんですよ」
「ああ、そうでしたか。そういえばあの恵美ちゃんとはどうなったんですか?」
「もう一緒に住んでいますよ。お仕事の時は東京まで通ってるそうです。
逆に農業をやるアイドルってことで仕事が増えたとか」
「へえ。そりゃいいことです」
「でも池田さんは尻に敷かれっぱなしです、うふふ」

「あの見た目だからね」
僕がビールをグラスへ手酌で注ごうとすると
珍しくお酌してくれた。

「ギャップ萌えってやつでしょうか」

まだ雨音は強い。
夕立にしてはなかなかに居座っている。

「これではお客さんも来ませんね」
僕が言うと
「こんな時は昔のことを考えてしまうのですよ」
「ほう、たとえばどんな?」
「まだ昔・・・なんて言えるほど経験を重ねてはいませんが、
私がこのお店をおじいちゃん、おばあちゃんから継ぐ前の仕事では
職業柄、たくさんの子供と接することがありました。極端に言えば障害を持った子も」

海さんはきゅうりを2本取り出した。

まっすぐで色もはっきりとしてとても綺麗なきゅうり。
かたや丸まって色も浅黒くとても市場には出回らないきゅうり。

「これは?」僕はたずねた。
「まっすぐなのは池田さんのきゅうりです。曲がったのは近所のおばあちゃんにもらった
家庭菜園のきゅうりです。どう思いますか?」

「うん、曲がって見た目が悪いけど、その方が自然なんでしょ?
だったらこっちかな」
曲がったきゅうりを指さした。

「なるほど。ではまっすぐなきゅうりはダメなのですね?市場にははるかにこちらのほうが出回りますよ?」
「あ、でもやっぱり昔ながらの味しないんじゃない?」
「ブランドで有名な地方のもまっすぐです。それに昔のきゅうりは青臭かったのですよ。
品種改良で今のようにみずみずしく香りも良いものに生まれ変わったんです」
「それは・・・・」

「まっすぐなきゅうりは農家の方がしっかりと管理した証だと私は考えます。
曲がったきゅうりは自然に近いのでしょうけど」

「しかし」

「まっすぐな子も曲がった子もみんな同じきゅうりです」

「・・・・」

「私の前職では軽い、重いはありましたが障害のある子に自然に接することは
本当に難しかったのです。
医療器具がなければ呼吸を続けられない子、発達障害で
違和感がいつしか生きづらさとなりそのまま引きこもりになってしまう子
それらが区別されていた時代から区別されない時代になりました。」

僕は黙って聞いているしかない。
こんなに饒舌な海さんを見るのは初めてだ。

「曲がっているから自然?障害は個性?とんでもありません。
障害があるけど頑張っているんですよ、特別な才能があるんですよ、なんてレアケースです。
みんなはそのまま社会に埋没してしまう子ばかりです。」

「じゃあ手をかけなかったから曲がったのかと言えばそうでもありません。
だって産まれて来るかなんて運です」

「だから曲がった、曲がってないで味が自然だどうのなんて、
そんなどっかのグルメ漫画みたいなことは言いません。
しかしやはり曲がっていないきゅうりはどうしても調理も難しい。」

海さんはうつむいて少し泣きそうになっている

「だから曲がったきゅうりはそれにあった料理や私やモエちゃんのまかないへ使います。
少しの気遣いがあればそれは紛れもないきゅうりです。食べられます」

「しかし、私は自分がいま言ったような事を本当に実行できたのか?
不快な思いをさせていないか?慢心があったのではないかと、今でも思い出し
夜飛び起きてしまうこともあるんです」

ビールは開いた。
しかしモエちゃんも休憩室に引っこんでしまった。

海さんはそっと新しいビールの栓を抜きながら

「私は間違ってばかりです」

とつぶやいた。

何も言えない。
言えるわけがない。

「・・・・なーんて考えているうちに雨が上がります。さあ、そろそろ他のお客様も来るでしょう。
今日はマグロがありますよ」

いつの間にか3匹ものそのそとあくびをしながら起きてきていた。
モエちゃんも休憩室から出てくる。

いつもの「あおい」開店―――


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